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2006年11月17日 (金)

思い出の写真⑨

3030

今回は、海の中の幻想的な一面をごらんください。この作品は夜に撮影したものですが、皆さんこんなシーンをみたことがありますか? 

サンゴの中には「蛍光発光」するものがたくさんあります。でも、水中ストロボやライトの照射では、このように見ることはできません。

そのため、「ブラックライト」 という照明器具を海中に持ち込みました。バーなどに行くと、白いシャツが青白く見えてしまう蛍光灯があるでしょう、あれですね。

目には見えない紫外線を吸収し、光として目に感じとれる可視光線を発すること、これを蛍光発光と言うんですね。この紫外線ライト(ブラックライト) により、発光するサンゴを見ることができます。

ぼくは1999年からブラックライトの撮影を始めたけれど、日本人では取り組んでいる人はいなかったね。だから、情報を集めるのが結構大変だった。

と、ところが、年間購読していた英語版の「ナショナルジオグラフィック」 誌を見てびっくり。なんとすでに特集しているではないですか。ということは、最低でも1年以上前に撮影を終えている・・・参りましたね。世界のナショジオには太刀打ちできません。

それでもひるまず、東急ハンズに何度も出かけ、いろんなブラックライトを買ってきてはテストしました。なにしろ海中に持ち込むわけだから、水圧テストと漏電が一番の課題だったなあ・・・

そして試作機を持って、最初に出かけたのが沖縄の座間味島です。「コーラルダイバーズ」 の阿武氏の協力のもと、夜の海で2灯のブラックライトを灯すと、なんと船上からでも、あちらこちらにあやしく発光するサンゴを見ることができたのです。

誰もがうわーっと、声をもらしたね。ブラックライトは光量が少ないので、海中では三脚を立て、ライトもぶつからんばかりにサンゴに寄せます。

最終的には大伸ばしすることも考慮に入れ、フイルムはISO50のベルビアを使用しました。絞りはF5,6で、露光は30秒。このデータは、サンシャイン水族館と、神奈川県の熱帯魚屋さんで、テストをとらせていただいた結果に基づいています。

さてさて、この作品なんだけど、これはフイルムではありません。デジタルカメラで撮ったものです。最初に言えってが・・・。撮影地はインドネシアのメナドです。カメラはオリンパスC-3030Z。持っている人も多いでしょう。

2000年10月に撮影しました。このときのデータは、ISO100にセットし、絞りはF4,シャッターは1秒です。沢山撮りたかったんだけど、このとき突然強風に見舞われ、船上から引いている電源コードが切れる心配があったので、撮影は断念しました。

天候はその後も回復しなかったので、貴重なカットとなったわけです。また恋よー、じゃない、来いよーということでしょうか・・・。

 

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2006年11月16日 (木)

元気になったぞー

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道端に、ホカロンが一個、ニ個と落ちている季節になりました。変な挨拶になってしまったが、ぼくは一日で元気になり、バリバリ働いていまするよー。昨夜はKKベストセラーズから出版した、「海中奇面組」の打ち上げが、表参道であり、美味い料理とお酒をいただいて帰りました。

手前の方とそのお隣は、今回のデザインを担当してくれた、柴永さんと、中村さんです。「海中2万7000時間の旅」 の図録と写真集のデザインをしてくれたのもお2人です。その奥が、奇面組の担当編集者の岸山君で、ぼくの隣は、うちのスタッフカメラマンの尾崎(旧姓、石坂たまき)です。

気になっていたMasa,Tさんに返事を書きます。水中カメラマンを目指すべきか否か、というご質問だったよね。正直言って、あなたのことをまったく知らないので、(独身なのかどうかもね) うまく判断ができないんだけど、それでもぼくは、無責任にやってみたら・・・なんて言えないね。この世界は。

まず、何に発表して食っていくつもりかな? あなたは知らないかもしれないが、今の日本の出版界で、ネイチャーに限らず、作品を掲載してくれる雑誌はいくつあると思いますか? 

古くは平凡社の月刊「太陽」「アニマ」、 そして新潮社の「シンラ」、週刊の「アサヒグラフ」「毎日グラフ」などは、いつも憧れの的で、一喜一憂しながら掲載してもらったものです。

それらの雑誌はすべて廃刊に追いやられました。日本人の活字離れがそうさせたのでしょう。素晴らしい雑誌が姿を消すなど、こんなことは世界に類をみません。いかに日本人が見る目がないか、判断力に欠けているか、それを如実に表わしています。

それならダイビング専門誌があるではないか、と言うかもしれないけど、3誌しかないこの業界で飯を食うのはえらく大変なことだと思いますよ。ほとんどの雑誌l社は、一部のカメラマンと契約をしているような状況なので、そこにくい込むのは大変でしょう。

もう1つ初心者ダイバーのあなたに言いたいのは、ダイビング技術が未熟では、野生の生き物たちに接近するのは、とても難しいということです。

海中をよたよた泳いでいるのは、繁華街を酔っ払いがフラフラ歩くのと一緒。Masaさんだって、酔っ払いにからまれるの嫌だから、思わず避けてしまうでしょ。

ここまではきついことを言ったけど、だけど、カメラマンは幾つになってもできる、ということも伝えておきます。世界的に有名なシラサギの写真家,田中徳太郎氏は、旧国鉄でひどいいじめにあい、人間不信となって定年を前にして退職しました。

埼玉の野田に住んでいたけど、近くの鷺山のシラサギだけはいつも自分に安らぎを与えてくれていることに気づき、シラサギの写真を撮り始めます。45歳からの挑戦でした。

やがて望遠レンズまで考案し、田んぼに巣と同じ高さのやぐらを組み、アップでシラサギのファミリーへと、次第に距離を詰めていくんですね。モノクロームの一連の作品は海外から高い評価を得て、ニューヨークのメトロポリタン美術館などに、永久コレクションされるようになります。

ここに、その作品をご紹介できないのはとても残念ですが、お亡くなりになる直前まで、よく食事に誘ってもらいました。小柄な穏やかなおじいさんでした。

Masaさん、ぼくが言いたいのは、さまざまな局面に遭遇したとき、あなたにはそれを乗り越えられるほどの気概がありますか? ということです。なにをやっても、どんな職業でも、荒波は常に襲いかかります。

あなたはビデオの仕事の経験がありますね。日本には今60名ほどの水中カメラマンがいるけれど、ビデオの水中カメラマンはまだまだ少ないでしょう。というより、仕事がないから少ないんだ、ともいえますね。

まあ、ぼくとしてはとても勧められる世界ではないけれど、あとはご自身で真剣に考えてみてください。なにはともあれ、これも何かの縁だと思うので、Masaさんにやりがいのある仕事が見つかるよう期待してます。では。

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2006年11月14日 (火)

Masa。Tさん、待っててくれー

進路の決断を迫られてるようだけど、今、返事書けない状態なんだよね。熱ッぽくて節々痛くて参ってます。今日は1日安静にしてました。明日から大事な用件がいくつかあるので、今夜はこれで失礼します。Masa.Tさん、必ず返事書くから待っててくれるかー。

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古い話にびっくり

Wakabaさんの話には驚いたなー。確かに思い出しましたよ。銀行のポスター撮影なのに、なんで足の指を撮らせてもらったのか、そこのところがどーしても思い出せない。「だれかー・・・」 と言ったところで解かるわkr内よね。なんだこれ? まっ、いっか。

ところで、ぼくも急に1年前の変な話を思いだしちゃったよ。あのね、うちのリーフ(犬)が、左前足をかっくんかっくんやって歩くもんだから、こりゃあ一大事だと思って、行ったこともない動物病院に電話したんだよね。

かかりつけの病院は調布で少し遠いので、緊急を要すると思ったんだ。電話帳で調べてすぐ近くの病院に電話したんだけど・・・

「あのう、予約してませんが、ちょっと診ていただきたいんですが・・・」 すると、とっても若いはずんだ声で、「ハイ、お名前をお願いします」 と言われた。感じいい・・・

「えーと、なかむらいくおです」 すると、さっきよりも一オクターブほど甲高い声で 「かしこまりました。いくおちゃん、ですねー」 ときた。おいおい、いきなりかよー。でも、わるい気しないなー

間髪をいれずに 「おいくつですかー」 という質問。ええーっ、男に年聞くぅ? なんて失礼な、と思ったが、これからやさしく診てもらわないといけないしね。だからきっぱりとした口調で、若々しく答えた。

「60になったばっかりです」 ミエを張るわけではないけれど、60と、なったばっかりでは、相当の違いがあるとふんだのだ。だが、電話口からはなんの応答もない。

「もしもし・・・」 と言うと、ククッと笑いをこらえているような声が漏れてきた。そ、し、て、だよ。「お客様、ワンちゃんのお年ですが?」 おっかしいと思ったんだよ。初めからゆっくり考えれば解かることなんだけど。考えなくても解かるか。

最初名前を聞かれたとき、「なかむらリーフ」 と言わなければいけなかったようだ。結局、リーフは骨粗しょう症だって。これってあれでしょ、人間の、それもお年寄りがなるような・・・。参ったなあ。先越されちゃったよー。リーフにオレの面倒診てもらいたかったのになあ。

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2006年11月12日 (日)

本橋さんちの屋上で

 
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昨夜は大の仲良しでもある、写真家の本橋成一さん宅の屋上で、たのしい宴の会があり、参加させていただいた。これまでなかなかゆっくりした時間がとれなかったので、この日は歌をうたったりと、かなりはめをはずして帰ってきました。

右から二人目が本橋さんです。本橋さんは写真家であり映画監督でもあります。東中野駅のすぐちかくにある「ポレポレ座」という映画館のオーナーでもあり、随時、記録映画の秀作を上映していることでも知られており、皆さんの中でも足を運んだ人も、大勢いらっしゃるでしょう。

本橋さんは1998年、チェルノブイリのドキュメンタリー写真作品、「ナージャの村」を評価され、第17回、土門拳賞を受賞しました。この賞は、写真界の直木賞とも言われているほどの、大きな賞です。

そして、2002年には、東京都写真美術館において、チェルノブイリ三部作「無限抱擁」「ナージャの村」「アレクセイの泉」を開催されています。

また11月26日までは、JCIIフォトサロン(半蔵門、電話03-3261-0300)において、モノクロ作品「サーカスの時間」を開催中なので、皆さん是非、ごらんください。

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そしてこの写真は、娘を挟んでの記念写真なんだけど、実はうちの長女の珠央(たまお)です。この前、ミクロネシアのジープ島に一緒にロケに行きました。

いったいどっちの子か解からなくなるほど密着してるけど、かなり本橋さん寄りだなあ。本橋さんのこと大好きなんだよね。面白いことに、珠央も大分前から本橋さんを知ってたようで、世間は本当に狭いもんです。

それにしてもこの屋上・・・趣があるというか、素敵な空間でしたー。ぼくは日本酒を8合ほど飲んだかなあ。本橋さんと奥様の手料理がおいしかったー。

そうそう、今度「ポレポレ座」で、スライドショーとトークショーをやらせていただくことになりました。詳細は近々ブログでも掲載しますから、みなさん、是非きてくださいねー。そのまま二階の居酒屋でみなさんと飲み会だなあ、きっと・・・。

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