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2006年12月25日 (月)

ブログのアドレス引越し

今年もあとわずかですが、みなさん風邪などひいていませんか。このたび暮れのあわただしい中、ブログのアドレスをnakamuraikuo.cocolog-nifty.comに引越しました。フー・・・。デザインも一新しましたので、これからも楽しく読んでくださいね!!

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ハタハタに関して

何人かのかたに、ハタハタの鍋lってどういうふうにするの? とのお尋ねがあったけど、基本は秋田料理の「しょっつる鍋」でしょうね。これは塩汁(これがなまってしょっつる)になったらしいよ。

この塩汁にいれて煮込むんだけど、今はしょっつるのダシも市販されてるね。ぼくはみそなべに豆腐、ネギ、しいたけなどを入れて、そこにドーンとハタハタを突っ込み、豪快に食べます。

骨は意外に柔らかなので、数匹に一匹は骨ごと食べるよ。それから港でも釣れるのか? という質問もありました。これはハタハタの習性が解れば納得がいくはず。ハタハタはひざくらいの浅い海域にも卵を産み付けにやってきます。

ホンダワラなどの海藻の茎に卵を産むので、岸から投網やタモなんかでもすくえるんだよね。でも、地方によってはそれらの行為は禁止されているから、みつかると逮捕ということになるからね。気ぃつげでけれや・・・。

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2006年12月24日 (日)

あわただしい1日

秋田の千秋美術館の展示も大分完成してきたので、一部マスコミの取材を受けることとなった。午後1時からABS(秋田放送)のテレビ取材を会場で収録し、それからすっ飛んで、秋田放送のラジオに生出演をし、それが終わると立て続けに30分番組の収録に突入した。

この番組は、2人の人気女性アナウンサーと、言いたい放題秋田弁でおしゃべりする番組である。任せときーとばかりに、ズーズー弁でまくしたててきた。あー、すっきりしたー。

それが終わるとまたまたすっ飛んで美術館に戻り、2時間ほど、読売新聞の2本のインタビューを受け、5時過ぎに終了。それから、高校時代の仲間たちとの忘年会に、またまた突入だ。

と、ここまでは昨日の話。今日は今日で会場で細かいチェックと、とうに締め切りが過ぎている原稿を書き終え、ようやくさきほど数日ぶりに帰京、今こうしてブログを書いているわけです。

写真展「海中2万7000時間の旅」は、秋田展のあと、長野県、福井県、群馬県での開催が決まってます。日時と会場は追ってお知らせしますから、皆さん、待っていてください。

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2006年12月23日 (土)

田舎は最高

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いやあ、みんなには本当に申しわげねども、しょうじぎ言って毎晩うんめえもの食ってるしぃー。今の時期、おいらのふるさどあぎだけんは、えぢぃばんうめえものあるじぎだよ。新米のきりたんぽ、ハダハダ (ハタハタ)) のしょっつる、えぶりがっこ (いぶりがっこ)、なだづげ (なたづけ) などなど、さげっこ (お酒) もうまいがら、来るならいまだよ。ふー、通訳は疲れるなー・・・

というわげで、写真展の飾りつけは2日をむがえだども、まだまだおわらねども、夜になるのがまぢぃどうしくてなー。

上の写真こは、な、なんと、ジュンサイ入りのきりたんぽでごわす。ひろみじぃ(博光)やるなー・・・。そして下はハダハダのしょっつるだ。東京のお客さんはよろこんだなー。

このブログには、何度もひろみじぃが登場してるども、今回顔っこを紹介しましょう。お隣はお店のスタッフです。ぼくはなぜかキャップをかぶせられ、そのあと脱げといわれて2枚撮られだども、なんだーこのハレーション・・・。まるでおいらのあだまのせいがど、まじがえられるべっちゃー。誰だっけ撮ったの? 

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思い出したぞー。都写美の関次和子さんだ。もうー、今度会ったら、パンチ、ポンしちゃうぞー。せっかく高価なアデランスをかぶってきたのになあ。こんなことなら、もうはずそう・・・。

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2006年12月22日 (金)

秋田展がいよいよ・・・

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いよいよ秋田市立千秋美術館の展示が始まった。新年早々の展覧会であるが、今日から3~4日かけて、218点の作品を3ヶ所の展示場に分散して展示する。

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午後7時からは、いきつけの 「楽酔」 でみんなでご飯を食べた。ハタハタ、とんぶり、キリタンポなど、秋田を代表する料理とお酒で、楽しい一夜を過ごした。明日は朝9時から作業の開始なので、この日はおとなしくホテルに戻ったのでありました。

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2006年12月18日 (月)

パーティーは続く

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どうです、かわいいワンちゃんでしょ。左は母親のオディールと、その子供ルーディーです。なんと、子供は一頭しかうまれなかったんだって。オディールは二代目で、初代オディールと、うちのリーフは同じ犬種ということもあり、公園でよく遊びました。 

犬がとりもつ縁というのでしょうか、こうして、城戸崎家と親しくさせていただき、数年前から、クリスマスパーティーにご招待していただいています。

毎年恒例の寿司パーティーは大変な人気で、毎回、城戸崎家ご用達のお寿司屋さんが出張してきます。お客さんも多いので、一階と二階とに別れ、好きなところで思う存分お寿司をごちそうになり、その後はみなさんとの会話を楽しみます。

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どうです。すんごいでしょう。アワビにアナゴ、ウニにイクラ、生けのクルマエビにアオヤギ、イカにとどめは大間のマグロだぞー。オオトロ、中トロ食べ放題。城戸崎さん、本当にほんとうにごちそうさまでした。

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2006年12月16日 (土)

遅くにお呼びが・・・

昨夜は休肝日にしようと思っていたが、やはりチビチビ家で飲んでいた。日本酒の一升瓶の封を切って3日目、できるだけ早めに飲まねば味っこが落ちると思い、しぶしぶ(ほんとかね) 飲んでいたのだ。

いい感じに酔いも回ってきたので、今夜は早めに寝るべがど思っていた矢先、携帯が鳴った。水中カメラマンの中川 隆氏からであった。

中川はニュースステーションでその力量を発揮し、今の報道ステーションやテレビドラマの水中撮影でも引っ張りだこの、ベテランカメラマンである。

今日は中川氏の誕生日で、新橋の「BOX] でさかなくんたちと飲んでいるから来て・・・という話だ。誕生日のお誘いならいがねばだめだべ。んだども、すでに午後10時半だべっちゃー。

タクシーに飛び乗り、高速を使ったら15分で着いてしまった。さかなくんは懸命に絵を描いている。きっと記念に中川氏にプレゼントするのだろう。約30分後、見事な絵が完成した。

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すごいなー、マダイだよ。背びれの数も間違いないという。よくしらべでるねー。撮影プロダクション「カッパ隊」 の代表である中川は本当に嬉しそうだったなー。というわげで、この日も2時頃まで飲んでしまったわげですなー。

追伸: 何人もの方が、オイラの老体を案じてくれておいでです。ほんま、ありがとうございます。メタボリックシンドローム、ノロウイルス、肝硬変、脳溢血、えーと、その他いろいろ気をつけろ、と言ってくれます。ありがとうです。皆さんも油断しないでねー・・・

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2006年12月15日 (金)

ハダハダだー・・・

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待望のハタハタが我が家にやってきた。秋田県民としてはこれほど嬉しいことはない。ハタハタは秋田の県魚だ。(違ったかな?) 毎年冬になると、深海性のハタハタは背の立つほどの沿岸域に産卵にやってくる。

秋田県人はハタハタを食べて大きくなったといっても過言ではない。冬の時期はどこの家でも、朝、昼、晩とハタハタを食べていた。だから、高校生の頃は冬になると、一切他人の弁当には手を出さなかった。皆、おかずはハタハタだからね。それにしてもたった今気がついたけど、ワルだったねー。

今年のハタハタの一番乗りは、(送ってくれた人だけど)、まちゃこのハタハタ寿司だった。ありがとよー。ほんとにうめがった。続いてダイビングショップ、シートピアの金坂さんから生のハタハタ。金さんのハタハタがなくなったと同時に、なんと小野尚幸さんからドーンと再び生きのよいのが届いた。

みんな、本当にありがとよ。うっれしいぜぃ・・・。これだけは誰にもあげられない。たとえ家族でもだ。みーんなオレが食ってやルー・・・。と思ったけど、お客様に差し上げているうちに、「ええーっ、もうこれだけー」となっているのであります。

12月21日から秋田に出かけます。1月4日から、秋田市立千秋美術館で写真展 「海中2万7000時間の旅」 が開催されるので、その飾りつけで出かけます。東京から何人もの専門業者が、4トントラック一杯分の作品とともに、秋田に集合します。

展示から照明まではおよそ3~4日かかりますが、おそらく夜は「らぐすうぃー」(楽酔)で宴会でしょうな。店長のへろみずぅ(博光。尚幸のおどぉど)。待ってろやー。

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2006年12月13日 (水)

忘年会は続く・・・

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イベントなどの企画で知られる 「株式会社クレヴィス」 の代表である岩原氏から、忘年会のお誘いを受け、渋谷に繰り出した。かねてから、大型写真展の企画のお話をいただいていたので、その打ち合わせも兼ねて出席させていただいた。

なんと、親しい写真家がぞくぞくと集ってきたのにはちょっと驚いた。みんな岩原さんと親交があり、大きな企画展を開催している写真家たちだ。

左から水越 武、関野吉晴、(関野さんは本業は医者であるが、グレートジャーニーの冒険家、写真家としてもかなりの人)、そして野町和嘉、三好和義も来る予定だったとか。そしてぼくの4人は、この2次会でもかなり飲んだ。水越,関野、野町、三好氏に関してもっと知りたい方は検索してみてください。撮影は写真家の榎並悦子さんでした。

ぼくは2008,2009年の写真展の企画の話をしました。東京や大阪をはじめとする都市で、大きな展示を企画してますから、みなさん、待っててちょうだいよー・・・。福岡、熊本、京都、仙台、札幌の話もでましたよー。

みんなと11時まで飲んで、それから新橋の 「BOX」 へと向かった。こちらは仕事の話だ。BOXは1月に新橋駅前のビルに移転する。その正面入り口にぼくの作品を展示するので、その打ち合わせだ。

結局、そのあとは飲み会となり、朝の4時まで飲んじゃった。おれはやるときはやるんだー。そんなのちっとも自慢にならないか・・・今朝10時からの打ち合わせは、ちらかったなー、もー。

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2006年12月11日 (月)

次回の映像祭について

わが国の水中写真家と、、ビデオの映像作家を集めての水中映像祭は、これまで4回開催しているが、これまで、そのうちの第3回と、第4回の実行委員長をつとめてきました。これまでご協力いただきました皆様、そしてご来場いただきました皆様には、心より御礼申し上げます。

残念ながら、昨年の第4回目を終えると同時に、諸事情により事務局を完全に去ることをスタッフに伝えました。これにより、ぼくの写真事務所 「株式会社 スコール、」 内にあった事務局を撤退し、今後、作品の出展も控えさせていただくこととなります。

これまで応援してくださったスポンサーの方々や、参加カメラマンの皆さんには申し訳ありませんが、時期がくれば事情を話せることもあるでしょう。何名ものカメラマンやお客様方に、「第5回はどうなってるの?」 とよく聞かれます。

実は今年の初春には、第5回目の実行委員長は決まっております。今後は新たな事務局のほうにお問い合わせください。手を引くとは言っても、水中映像祭には愛着を持っております。皆さん、どうか今後とも、水中映像祭へのご支援をよろしくお願いいたします。今回は業務連絡のような話ですみませんでした。いくお。

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2006年12月10日 (日)

思い出の写真⑱

シオラパルクに入って3日目に、とんでもない大けがに見舞われてしまった。日本人エスキモーの大島育雄さんが、村から1時間ほどの結氷した海の上で、アザラシ漁を行なうというので、取材に同行したのだった。

この日は月が出ていたのか、周辺だけはうっすらと見えた。海は完全に凍りついているため、アザラシたちはすべて海の中だ。だが、自分の呼吸孔だけはいくつも準備している。エスキモーたちは、真っ暗闇の中で、わずか3センチほどの呼吸孔を見つけることから始めるのだ。

大島さんは、氷のクレパスの中に小さな穴を発見。足場を決め、ライフルを構える。この格好で何時間も待機することもあるという。

突然、「ヤーッ」 と大島さんが叫ぶと、犬たちはいっせいに走り出した。ソリにぼくを乗せたままだ。「おいおい、どこ行っちゃうの。聞いてないよー・・・」 ぼくはかなりあせった。

約200メートルほど走ると犬たちはピタリと止まり、ごろんと寝始めた。そう、おとりとなったのだ。やがて銃撃音とともにすっ飛んで大島さんの元に引き返すという寸法だ。

いつ、ライフルが轟くか解からない。そのときのためにスタンバイしておこうと、大きなバックから2台のカメラとそれぞれの積層のバッテリーと、棒のように固まった延長コードを、折らないように全神経を集中させて取り出そうとしたその瞬間、突然前触れもなく犬たちが走りだしたのだ。

犬ゾリの上でぼくの体は宙を舞った。そして、ソリを押すにぎり棒に右顔面から突っ込んだ。不覚にも、右目を強打したらしい。触れるとべっとりとした感触に、効き目である右目は完全に失明したな、と覚悟した。

犬たちが大島さんの所に戻る。「どうしたの???」 と、ぼくの目をみて 「あーっ」 とこえを上げ、すぐ帰ろうと支度しはじめた。

「大島さん、ここでライフル構えて・・・」 躊躇する大島さんに無理やり頼み込んで、ライフルを構える姿をカラーとモノクロで撮った。

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それが終わると、次の撮影にとりかかった。とんでもないと、最後には怒らせてしまったが、「あと一枚、あと一枚」 と頼み込み、なんとか左目で、ムチを振るいながら歩く大島さんと、よき相棒であるエスキモー犬たちをフイルムに収めることができた。

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心配する大島さんにお詫びをし、ぼくはソリにうずくまった。残りはまだ一ヶ月ある。だが、このケガでは滞在中、漁の撮影は不可能だとふんだのだ。新聞は元旦から一週間の連載。最小限の写真でも、今撮らなければならなかった。

1時間の帰路の間中、涙がとめどもなく流れてきた。右目を失ったのか、それならカメラマンはこの仕事が最後だ。心の準備だけでもしておかなければなあ。それにしても無念だよなあ。

大島さんのお宅に入ったとたん、右目付近が大きく腫れあがった。いきなり暖かいところに入ったからだ。大島さんは、右目はかろうじて避けられているが、目に沿って、くの字型にばっくりさけていると教えてくれた。

この地には医者はいないので、傷口を絆創膏ではりあわせ、右目を包帯でぐるぐる巻きにして、その後の取材は左目だけでなんとか行なった。包帯をとったのは帰国後の病院であった。傷口があまりに目に近く、今ではまったく見えないほどである。幸いにして右目には影響もなく、その後も日々、楽しく写真を撮らせてもらっている。

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2006年12月 8日 (金)

思い出の写真⑰

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ドキュメント 「エスキモー村・シオラパルク」。、今回はグルメについてお話しましょう。この写真、ちょっとグロテスクかもしれないけど、でも中には「こんなの好きスキー」(そんな人いないか)・・・

彼らの前にある黒い物体はアパリアスというツバメに似た鳥だ。毎年春になると、このアパリアスは大群で飛来してくるので、エスキモーたちはタモを振りかざして捕獲する。それを、死んだアザラシのお腹の中に詰め込み発酵させるのだ。

アパリアスはエスキモーたちにとっては最高のご馳走である。だからか、祭事のときしか食べないようだ。彼らは鳥の羽をむしったあと、器用に小刀を使い、実にうまそうに食べる。

その様子にカメラを向けると、ピーターが 「ノー」 と、レンズをさえぎった。そしてアパリアスの切り身を差出し、これを食べたら撮ってもいいと言う。

口に入れるとまだ凍っていた。そのまま一気に呑み込めばよかったのだが、口の中で感触を味わおうと思ったのが失敗だった。溶けはじめると、口中に、もわーんという生臭さが広がった。

「ヤバイ」 と思いあわてて呑み込んだ。ところが胃袋が受けつけてはくれなかった。ポーンと口まで戻ってきたのだ。もう一度あわてて呑み込んだ。エスキモーたちは、ぼくの反応に釘付けだ。

再び食道付近まで戻りかけたが、このやろうと、ゴクリと唾とともに胃袋へと押し込んだ。そして、無理やりニコリと笑ったみせた。みんなが 「オオーッ」 と、大きくうなずき、仲間入りを認めてくれたのだった。部屋の中には生臭さが充満していた。皆、無心にアパリアスを食べている。こんな幸せはありません、という面持ちで・・・。

そして翌日、シオラパルクに滞在して3日目のこと、カメラマン生命が危ぶまれるほどの、とんでもないアクシデントに遭遇してしまうのです。

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2006年12月 6日 (水)

思い出の写真⑯

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今回はエスキモー美人を紹介しましょう。彼女の名前はレイさんです。氷山の前で写真をとらせていただこうということになり、家から100メートルほど離れたところでの撮影となりました。

外は漆黒の闇なので、彼女の足元にランプをともしての撮影です。このときの気温はマイナス35度もあったため、撮影は時間との闘いだった。

カメラはキヤノンF-1だ。名機として知られるこのカメラは、とくに極地には強いと判断し、この機種にした。その最大のメリットは、フイルムの巻き上げが順巻きである点だ。今では常識のように思えるのだが、昔の35ミリカメラのフイルムの巻上げは、逆巻きが主流だった。

パトローネから巻き上げのときに繰り出されるフイルムが、スプールに逆方向に巻かれるということは、ナイフのように凍りつたフイルムに負荷がかかり、パキンと折れる心配があるのだ。だから、フイルムの巻上げも、手巻きでゆっくりと巻き上げる。一秒間に数枚も撮れるモータードライブなどは、極地では論外である。

F-1はこの点、まったく心配がない。また、出発前にメーカーにオーバーホールに出し、カメラやレンズの油という油はすべて抜いておいてもらった。酷寒の地では、油も凍る恐れがあるからだ。

話を元に戻そう。彼女に氷山に座ってもらい、数枚撮ったときのことだ。突然彼女が前につんのめるように倒れたのだ。そして口から泡をふき、意識を失った。死なしちゃったと思い、気が動転した。

カメラを記者にあずけ、彼女を背負った。二人とも、もこもこに着込んでいるのでうまくおんぶができない。だが一刻の猶予もない。とにかく暖かい部屋まで連れていかなければ・・・

真っ暗闇の中をおんぶし、氷に足をとられ何度もころんだ。ぼくの心臓はバクバクだ。死なないで・・・と、何度も心の中で祈った。家まであと一息というとき、「ダイマ、ダイマ」(もう大丈夫)という、かぼそい声が聞こえた。ぼくはほっとし、泣きそうになった。

彼女の両親にもお礼を述べようと、一緒に家に入った。二重扉に手をかけようとしたそのとき、彼女はいきなり抱きついてきた。極度の緊張だったのだろう。本当にかわいそうなことをしてしまった。

ぼくは彼女の肩を抱きしめ、そして頭をなでた。彼女へのお詫びの気持ちは、それが精一杯だった。すぐにストーブにあたってもらい、芯から冷えた体を暖めてもらったのだった。

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2006年12月 4日 (月)

思い出の写真⑮

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エスキモー村からの第3弾です。今回はあやとりをご紹介します。次々と、見たこともない「アヤッガ」 (あやとり) を披露してくれるのは、長老、イヌートソアだ。元村長のイヌートソアは、植村直己さんに犬ぞりや、ムチの扱い方を伝授した人だ。

上のアヤッガ、なんだか解かるかな? カモシカである。そしてもう1つ、これはなに?・・・。ありゃりゃ、男性のシンボルだ。両手の動きで大きくなったり小さくなったりの優れものだ。

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今この写真を見ていたら、急に中学3年のときの修学旅行を思い出しちまった。最高に悪ガキだったころの話だ。このときの旅行は東京だった。観光コースになぜか、日本橋のデパート巡りが入っていた。

ここに、秋田の田舎もんのガキどもが、ワイワイ方言丸出しでさわぎながら入っていったのだ。いく坊に(おいらのこと)、あんちゃこ、おんちゃこ、まちゃこなど数名で、缶詰売り場をめざした。

売り場には、とっても若くてきれいなお姉さんが立っていた。「おめ、聞げー」「なんも、おめ、聞げってばー」 とみんなで譲りあっている。「へば、おえ聞ぐがら」 と、ぼくはおねえさんの前に歩み寄り、勇気を振り絞って 「がもっこの缶詰あるべが?・・・」 と聞いた。

「はっ?」 と、首を傾けるお姉さん。みんながもう一回聞け、とけしかける。 「がもっこの缶詰あるべが?」 するとお姉さんは 「少々お待ちください」 と言って奥に引っ込んだ。きっと上司に相談しているのだろう。これだけで、お姉さんは東北の人ではないことが解かった。なぜなら、「がもっこ」 は、おちんちんのことなのだから・・・

お姉さんが現れた。すごい剣幕で怒られるかもしれないと、皆、身構えた。まちゃこは逃げる態勢だ。ところがだ、お姉さんはニコヤカにぼくの前に立ち、こう言った。「がもっこの缶詰は、あいにく切らしております」 

ワーっと叫びながらぼくらは逃げた。何度もお姉さんを振り返りながら逃げた。お姉さんは、「まったくもー」 と、あきれ顔だ。だが、今にして思うのだが、さすが日本橋のデパートだ。「そんなものはない」 と言わないところがすごい。

イヌートソアのアヤッガを見ていて、なんとも許しがたいことをしていたガキのころを思い出してしまった。あのときのお姉さんにあやまりに・・・ええーっ、待てよ、あのお姉さん、今いくつ? 当時25歳とすると、もう70はこえてるぞー。いやあ、この場をお借りして、申し訳ありませんでした。

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2006年12月 3日 (日)

秋田にて

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ふるさとで講演があり帰省してきた。夜は、お世話になっているダイビングショップ「シートピア」 の忘年会に参加した。場所は前回紹介した「スィーラグ」 じゃなかった、「ラグスィー」 だった。漢字にすれば「楽酔」 となる。

翌日、秋田空港までシートピアの金坂夫妻がおぐってけだ。集落をいくつもすぎだども、かぎぃっこ(柿っこ)がえっぺえあったなあ。このかぎぃっこを山さえっぺえ植えれば、熊っこも、さどさ(里へ)、こねぐなるんでねべが。

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柿の木さ、トダンっこ(トタン)巻いて、熊が登れなぐした、というニュースを見たども、それで熊っこ、こねぐなるべが・・・。直接、家の中さ入ってくるんでねベガなー。熊には責任がないわけで、共存の道をふみにじった私たちが、熊の身になって物事を考えてあげないといけないと思うわけです。

里山をバックに、金さんに記念写真を撮ってもらったら、金さん、「ええーっ」 と、けげんな顔でぼくの胸元を見ている。何が? と思い、見てみてびっっくりだ。なんと、見事にボタンをかけちがえている。

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この格好で、結構あちこち顔をだした。いろんな店にも寄ったんだ。んだども、だあれも注意してけねがった。なんでだー。ひょっとしたら、今東京ではやってるかもしれねえってがー・・・。冗談じゃない。見ればわがるべー、このだささ加減。もー・・・と怒ったところでどうしようもない、自分が悪いんだからね。それにしても、おれって、こんなドジ、結構多いんだよなー。ボゲがちょびちょび始まったがなあ。

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