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2006年11月29日 (水)

思い出の写真⑭

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地球最北のエスキモー村、「シオラパルク」 からの第2弾です。ちょうどloboさんから、「エスキモーになった大島育雄さんを知ってますか?」 というお便りをいただいていたので、今回はこの写真を紹介します。

loboさん、写真に写っているのは大島さんの奥さんと、お嬢さんですよ。今から隣町の「カナック」 まで、犬ぞりで10時間かけて買い物に行くところです。お嬢さんがそりから転げ落ちないようにと、ぐるぐる巻きにされています。

このときはマイナス40度ほどありました。奥さんの背中には、生後間もない赤ちゃんがおんぶされていました。

大島さんは日大の探検部に所属し、北極点を目指すために先発隊として、何度かシオラパルクを訪れているうちに、すっかりこの地が気に入り、永住を決意します。そして、エスキモーの女性と結婚し、3人の子供のパパとなっていました。

ぼくが一番驚いたのは、どこにでも日本人は住んでいるということです。大島さんは、シオラパルクきっての名ハンターとなっていました。loboさんが愛読した、「エスキモーになった日本人」(大島育雄著)はとてもお勧めの一冊です。

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大島さん一家がお使いから帰ってきたので、頼んでおいた缶ビールを受け取りにいったところ、カチカチに凍っていた。途方に暮れていると、エスキモーたちは、「ビールはこうやって飲むんだよ、しらないの?」 と、いきなりビールをお燗し、ふーふーいいながら飲み始めた。あー、うまかった・・・。ウソだと思ったらやってごらん、ホットビール。おらあ、どうなっても、しらねえどー・・・。

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2006年11月28日 (火)

ねばっちさんへ

北極と南極は絶対行きたいというねばっちさんへ、ぼくの行った北極までのコースを教えてあげましょう。でも、随分昔のことなので、今はもっと楽に行けるのではないかと思うけど・・・・。

まず、デンマークまで行って、一週間、許可申請に時間がかかりました。軍用機に搭乗するための許可でしたね。デンマークのコペンハーゲンから、グリーンランドのサンドロストロムフィヨルドまでは、旅客機でオーケーだけど、そこから北に向かう飛行機はなかったので、米軍の軍用機に兵士たちとともに乗り、「NATO」 の氷の地下基地、「チューレ」 まで行きました。

冬はマイナス30度にもなる、この地下のNATOの基地はすごかった。この基地で3年頑張れば、なんと一生税金が免除されると聞いたなあ・・・。

このチューレからは、今度は米軍のヘリコプターをチャーターして、エスキモー村の 「カナック」 まで飛んだわけです。チューレの民家に泊まったとき、窓に降った雪が、あっという間に雪印マークのような結晶になったのを見て、とても感動したものです。

カナックは、かなり大きなエスキモー村で、スーパーなどもありました。でも、地球最北の村、「シオラパルク」 は、カナックから犬ぞりで10時間もかかる、最大の難コースだった。

報知新聞の特派カメラマンとしての旅だったけど、元旦からの連載用はモノクロ、雑誌用にカラーと、両方撮るのは本当にしんどかった。

ファインダーにおでこをつけた瞬間、カメラの金属部がおでこに張り付き取れなくなったりした。犬ぞりが正面から向かってくる写真を撮ろうと、エスキモーに合図をしても、まったく見えず、ゴーという音だけで何度も素通りされ、結局、感で撮ることになったりと、極地では沢山の貴重な体験をさせていただきました。

一冊の本を書けるほどの、おかしなことがいっぱいあったなあ、ねばっちさん。でも、冬は絶対さけたほうがいいよー。

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2006年11月27日 (月)

思い出の写真⑬

皆さんこんばんわ。今日から数回に分けて、秘境の中の秘境とも言われる、地球最北の村、グリーンランドのシオラパルクの写真をご覧いただきましょう。現地は今、一日中太陽が顔を出さない、暗黒の世界です。毎年この時期を迎えると、、死にもの狂いで取材した、当時のことが懐かしく蘇えります。

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写真は、エスキモー村 「カナック」 から、シオラパルクに向かう途中に撮ったものです。時間は午後3時頃、満点の星が頭上に輝いていました。エスキモー犬が寝ているのは結氷した海の上です。

気温はマイナス40度。この氷の洋上を、吹きさらしの犬ゾリに乗って10時間も走るんです。気がおかしくなりそうだった。ガイド役のエスキモー親子も寒くなったのか、途中で紅茶を湧かせ、飲ませてくれました。

すかさずカメラを用意し、撮影を始めたのだが、エスキモーの父親が早く飲めと言う。わずか2分ほどして紅茶をいただいたわけだが、なんと、完全なアイスティになっていた。

エスキモーたちの視力のすごさにも度肝を抜かされることになる。犬ゾリでわずか1時間ほど走ったころ、父親がぼくに振り返り、「シオラパルク、シオラパルク」 と叫んだのだ。

どんなに目をこらしても、村の明かりなど見ることはできなかった。かれらの視力は2,0どころか、20,0くらいはあるんじゃあないだろうか。

シオラパルクは、世界的な冒険家として知られる植村直己さんが、初めて訪れたことで知られるようになった。人口わずか50名の小さな村だ。北極点までは1千キロの距離にあるため、植村さんはこの村で、犬ゾリの扱いやムチの使い方などを習得し、その後、見事に単独による北極点到達という偉業を打ち立てたのだった。

ぼくはシオラパルクに発つ前、植村さんと電話でお話をさせていただいたことがある。あれこれの注意点を、とてもやさしくアドバイスしていただき、とても参考になった。

その後の1984年2月13日、植村さんはマッキンリーの登頂を試み、そこで消息を絶ち、帰らぬ人となってしまった。

無事にシオラパルクに到着すると、「ナオミ知ってるか」「ナオミ」「ナオミ」 と、大勢の人たちから声をかけられた。植村さんが、いかにエスキモーの人たちに愛されていたかが伺い知ることができた。そして、「冬の極地は辛いよう、でも頑張って」 と語ってくれた植村さんの電話口の声が、再び耳元で聞こえたような気がした。

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浜松に行ったどー

日曜日は朝から浜松へと向かった。大型パネルの作品を2点も求めていただいたお客様のもとえ、業者の方たちと展示のために出かけたのだ。

浜松では展示のあと、どうしても出かけてみたいジャズ喫茶があった。浜松駅前の名鉄ホテルの近くにある、「Tournez La Paze](トゥルネラパージュ)である。フランス語でページを開く、あるいはリフレッシュする、という意味が込められている。

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このスピーカーを見てほしい。「ティアック」 というメーカーの製品だが、カタログを見て、思わずゼロを数えてしまったほど高価なスピーカーだ。専門家が見たらうなるほどの、音響効果抜群の製品を備えている。

しばらくの間、実にのんびりとコーヒーを味わいながら、素敵なジャズに酔いしれてきた。すべてLPレコードにこだわるお店のオーナーは、さぞかしジャズにうるさい、ヒゲもじゃのおやじを想像するかも知れないが、それが違うんだなー。

まだうら若き、美しい姉妹が経営してるんですね。なぜこのお店知ってるんだーってが・・・。それはね、ぼくの写真の弟子であり、今は立派な歯医者さんの矢野一郎さんという人がいてな。大阪の園田で、それはそれは立派な歯医者さんを経営していてな。

えーと、話が長くなるから割愛するけど、ま、そんな訳です。ますますわかんねーてが・・・。

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右が姉の裕理さんと、妹の真理さんです。ジャズの好きな方はもちろんのこと、のんびり本物の音楽を鑑賞したい方は是非、行ってみてください。この音響システムで聞くと、ジャズってこんなに素敵だったのかと思えるはず。ぼくは年内にもう一度出かけ、天竜市にある、日本画家の「秋野不矩」(あきのふく) 美術館にも行こうと思っているんです。

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2006年11月25日 (土)

思い出の写真⑫

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今回はこの写真からスタートです。さて、この漁師たちはいったい何を捕っているのかな? 解かるかな? わがんねーだろうなあ・・・。これわがったら、そりゃあもう大変な「通」 だべな。場所は伊勢志摩だあ。日本の伝統漁法の1つなんだども・・・

「ハイ、そこまで」 実はこれ、「タコでエビ捕り」 という、実に古風な伝統漁法でありまして、イセエビの天敵はタコである、ということを理解している人にしか出来ない、とても面白い漁なんですね。

捕獲する漁師は、大きくて重い箱メガネをがっちり歯で噛んで海中を覗き、船頭に方向を指示します。この際、エンジン付きの船は使用しません。うっかりビューンとスピードが出たりしたら、えらいこっちゃです。歯がぼろぼろぼろっともげるかもしれないしね。

「お前なに考えてんだ、このアホーッ」 と怒鳴り散らされても、船頭は歯抜けの顔を見て笑うしかないよね。

話を前に戻します。夜行性のイセエビは、昼間は岩の奥に隠れ、長い触角だけ外に出していることがあります。それを上から見つけると、まず生きたタコを縛り付けた長い棒で、イセエビの近くにそっと寄せていきます。

イセエビはあわてて巣穴から外に飛び出すんですね。できるだけ平坦な場所にイセエビを追いやり、やがてもう一本の手で、タモを下ろしていきます。

イセエビは逃走するとき、後方にビューンと飛んで逃げる習性があるので、その位置にタモを用意し、「ほらほらほら・・・」と、天敵のタコを静かに近づけるんですね。そして、「ハイ、一丁あがりー」 ということになるんだなあ。

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この漁法だと、イセエビを傷つけることもないので、いい値で売れるというわけです。日本には昔から、素朴な伝統漁法が沢山あったんだけど、後継者不足と、環境悪化にともない、どんどん姿を消してしまったなあ。さびぃしいなあ・・・

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2006年11月21日 (火)

思い出の写真⑪

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今回は「カクレクマノミ」 ニモちゃんの登場です。この赤ちゃんは体長2センチほど。ちょこまかちょこまかしていて、撮影するのが大変だった。でも、とってもかわいいので、なんとか作品にしたかったんだなあ。

クマノミの仲間は、ぐいっと近づくと意外にイソギンチャクの中に隠れてしまい、なかなか姿を現さないものだ。たとえ現れたとしても、一瞬に姿をくらましてしまう。だが、そこで諦めてはいけない。

ときには一匹のクマノミをアップで撮ることもあるけど、マクロモードではまず難しいと、諦めてはいませんか?

そんなとき、ぼくはどうするかというとですね、まず、クマノミの泳ぐコースを読むんですね。よくよく観察していると、イソギンチャクの中を出たり入ったりしているわけなんだけど、そのコースというのはだいたい決まっているんだよね。

右手の隅に現れ、ツツーッとイソギンチャクの中を通り、次に顔を出すのは真ん中で、ここに一秒ほど静止し、またイソギンチャクに潜って、今度は左手の隅にひょっこり現れ、でもここは0,5秒ほどだから撮影は無理だとして、やがてまた、右手の隅に現れる。

この行動パターンを把握すれば、アップでクマノミの全身を撮ることも可能なわけです。ただ、マクロレンズでクマノミを追うのは至難の技。だから行動パターンを読むんです。

一秒ほど静止するその場所に前もってピントを合わせておきます。生きものの写真は、目にピントがあってなければまず使えない。だから、瞬間芸ではオートフォーカスではかなりむずかしい。

だからマニュアルにして、置きピンというやつで、ファインダーをのぞきながらカメラを前後に動かし、微調整して目にピントがあった瞬間、シャッターを切るんです。これも慣れればなんでもないこと。さあ、まず魚の動きを観察することからはじめてみませんか?

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2006年11月20日 (月)

思い出の写真⑩

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10回目の作品解説に入る前に、ねばっちさんのご意見にお答えします。ブラックライトの照射で、サンゴはダメージを受けないか心配、という件ですが、発光サンゴの仲間は、もともと紫外線から身を守る物質を備えているようです。

そんな話をサンゴの研究者から聞いたことがあります。ですから、数十秒単位の照射なら問題ないでしょうが、水槽などで長いことブラックライトを当てられていたらどうなるのか、今のところぼくには解かりません。ごめん、です。

さて、今回はマレーシアのラヤンラヤンで撮影した、ウメイロモドキです。この魚は本当に美しい。とにかく上品です。よく見ると、顔もかわいらしく、泳ぎもじつにしなやか。

でもね、いつも突然に現れるから結構あせります。さらに、あたふたしている間に、じゃあねー・・・と、さっさと帰ってしまうんです。「これからって言うときに、なんだよー、あんまりだべー」 と、叫んでもおわりだー。

なーんか、肩透かしを食ったみたいで、急に若い頃の苦い思い出が、よみがえってしまうんですね、これが・・・。

カメラはオリンパスの、キャメディア5050.自然光だけど、ISOは64にセット。シャッターは160分の1秒、絞りはF4で撮ってます。

ウメイロモドキのような、美しい流れを見せる群れには、低速シャッターで、群れと同じスピードでカメラを振る、「流し撮り」 も期待できますね。このときは、群れの形がバラバラで、どこを撮っていいのか悩みました。

でも美しい群れです。ダイビングでこの魚に出会うと、すっごく幸せな気持ちになるんだけど、みんなはどうだろうね。

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2006年11月17日 (金)

思い出の写真⑨

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今回は、海の中の幻想的な一面をごらんください。この作品は夜に撮影したものですが、皆さんこんなシーンをみたことがありますか? 

サンゴの中には「蛍光発光」するものがたくさんあります。でも、水中ストロボやライトの照射では、このように見ることはできません。

そのため、「ブラックライト」 という照明器具を海中に持ち込みました。バーなどに行くと、白いシャツが青白く見えてしまう蛍光灯があるでしょう、あれですね。

目には見えない紫外線を吸収し、光として目に感じとれる可視光線を発すること、これを蛍光発光と言うんですね。この紫外線ライト(ブラックライト) により、発光するサンゴを見ることができます。

ぼくは1999年からブラックライトの撮影を始めたけれど、日本人では取り組んでいる人はいなかったね。だから、情報を集めるのが結構大変だった。

と、ところが、年間購読していた英語版の「ナショナルジオグラフィック」 誌を見てびっくり。なんとすでに特集しているではないですか。ということは、最低でも1年以上前に撮影を終えている・・・参りましたね。世界のナショジオには太刀打ちできません。

それでもひるまず、東急ハンズに何度も出かけ、いろんなブラックライトを買ってきてはテストしました。なにしろ海中に持ち込むわけだから、水圧テストと漏電が一番の課題だったなあ・・・

そして試作機を持って、最初に出かけたのが沖縄の座間味島です。「コーラルダイバーズ」 の阿武氏の協力のもと、夜の海で2灯のブラックライトを灯すと、なんと船上からでも、あちらこちらにあやしく発光するサンゴを見ることができたのです。

誰もがうわーっと、声をもらしたね。ブラックライトは光量が少ないので、海中では三脚を立て、ライトもぶつからんばかりにサンゴに寄せます。

最終的には大伸ばしすることも考慮に入れ、フイルムはISO50のベルビアを使用しました。絞りはF5,6で、露光は30秒。このデータは、サンシャイン水族館と、神奈川県の熱帯魚屋さんで、テストをとらせていただいた結果に基づいています。

さてさて、この作品なんだけど、これはフイルムではありません。デジタルカメラで撮ったものです。最初に言えってが・・・。撮影地はインドネシアのメナドです。カメラはオリンパスC-3030Z。持っている人も多いでしょう。

2000年10月に撮影しました。このときのデータは、ISO100にセットし、絞りはF4,シャッターは1秒です。沢山撮りたかったんだけど、このとき突然強風に見舞われ、船上から引いている電源コードが切れる心配があったので、撮影は断念しました。

天候はその後も回復しなかったので、貴重なカットとなったわけです。また恋よー、じゃない、来いよーということでしょうか・・・。

 

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2006年11月16日 (木)

元気になったぞー

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道端に、ホカロンが一個、ニ個と落ちている季節になりました。変な挨拶になってしまったが、ぼくは一日で元気になり、バリバリ働いていまするよー。昨夜はKKベストセラーズから出版した、「海中奇面組」の打ち上げが、表参道であり、美味い料理とお酒をいただいて帰りました。

手前の方とそのお隣は、今回のデザインを担当してくれた、柴永さんと、中村さんです。「海中2万7000時間の旅」 の図録と写真集のデザインをしてくれたのもお2人です。その奥が、奇面組の担当編集者の岸山君で、ぼくの隣は、うちのスタッフカメラマンの尾崎(旧姓、石坂たまき)です。

気になっていたMasa,Tさんに返事を書きます。水中カメラマンを目指すべきか否か、というご質問だったよね。正直言って、あなたのことをまったく知らないので、(独身なのかどうかもね) うまく判断ができないんだけど、それでもぼくは、無責任にやってみたら・・・なんて言えないね。この世界は。

まず、何に発表して食っていくつもりかな? あなたは知らないかもしれないが、今の日本の出版界で、ネイチャーに限らず、作品を掲載してくれる雑誌はいくつあると思いますか? 

古くは平凡社の月刊「太陽」「アニマ」、 そして新潮社の「シンラ」、週刊の「アサヒグラフ」「毎日グラフ」などは、いつも憧れの的で、一喜一憂しながら掲載してもらったものです。

それらの雑誌はすべて廃刊に追いやられました。日本人の活字離れがそうさせたのでしょう。素晴らしい雑誌が姿を消すなど、こんなことは世界に類をみません。いかに日本人が見る目がないか、判断力に欠けているか、それを如実に表わしています。

それならダイビング専門誌があるではないか、と言うかもしれないけど、3誌しかないこの業界で飯を食うのはえらく大変なことだと思いますよ。ほとんどの雑誌l社は、一部のカメラマンと契約をしているような状況なので、そこにくい込むのは大変でしょう。

もう1つ初心者ダイバーのあなたに言いたいのは、ダイビング技術が未熟では、野生の生き物たちに接近するのは、とても難しいということです。

海中をよたよた泳いでいるのは、繁華街を酔っ払いがフラフラ歩くのと一緒。Masaさんだって、酔っ払いにからまれるの嫌だから、思わず避けてしまうでしょ。

ここまではきついことを言ったけど、だけど、カメラマンは幾つになってもできる、ということも伝えておきます。世界的に有名なシラサギの写真家,田中徳太郎氏は、旧国鉄でひどいいじめにあい、人間不信となって定年を前にして退職しました。

埼玉の野田に住んでいたけど、近くの鷺山のシラサギだけはいつも自分に安らぎを与えてくれていることに気づき、シラサギの写真を撮り始めます。45歳からの挑戦でした。

やがて望遠レンズまで考案し、田んぼに巣と同じ高さのやぐらを組み、アップでシラサギのファミリーへと、次第に距離を詰めていくんですね。モノクロームの一連の作品は海外から高い評価を得て、ニューヨークのメトロポリタン美術館などに、永久コレクションされるようになります。

ここに、その作品をご紹介できないのはとても残念ですが、お亡くなりになる直前まで、よく食事に誘ってもらいました。小柄な穏やかなおじいさんでした。

Masaさん、ぼくが言いたいのは、さまざまな局面に遭遇したとき、あなたにはそれを乗り越えられるほどの気概がありますか? ということです。なにをやっても、どんな職業でも、荒波は常に襲いかかります。

あなたはビデオの仕事の経験がありますね。日本には今60名ほどの水中カメラマンがいるけれど、ビデオの水中カメラマンはまだまだ少ないでしょう。というより、仕事がないから少ないんだ、ともいえますね。

まあ、ぼくとしてはとても勧められる世界ではないけれど、あとはご自身で真剣に考えてみてください。なにはともあれ、これも何かの縁だと思うので、Masaさんにやりがいのある仕事が見つかるよう期待してます。では。

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2006年11月14日 (火)

Masa。Tさん、待っててくれー

進路の決断を迫られてるようだけど、今、返事書けない状態なんだよね。熱ッぽくて節々痛くて参ってます。今日は1日安静にしてました。明日から大事な用件がいくつかあるので、今夜はこれで失礼します。Masa.Tさん、必ず返事書くから待っててくれるかー。

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古い話にびっくり

Wakabaさんの話には驚いたなー。確かに思い出しましたよ。銀行のポスター撮影なのに、なんで足の指を撮らせてもらったのか、そこのところがどーしても思い出せない。「だれかー・・・」 と言ったところで解かるわkr内よね。なんだこれ? まっ、いっか。

ところで、ぼくも急に1年前の変な話を思いだしちゃったよ。あのね、うちのリーフ(犬)が、左前足をかっくんかっくんやって歩くもんだから、こりゃあ一大事だと思って、行ったこともない動物病院に電話したんだよね。

かかりつけの病院は調布で少し遠いので、緊急を要すると思ったんだ。電話帳で調べてすぐ近くの病院に電話したんだけど・・・

「あのう、予約してませんが、ちょっと診ていただきたいんですが・・・」 すると、とっても若いはずんだ声で、「ハイ、お名前をお願いします」 と言われた。感じいい・・・

「えーと、なかむらいくおです」 すると、さっきよりも一オクターブほど甲高い声で 「かしこまりました。いくおちゃん、ですねー」 ときた。おいおい、いきなりかよー。でも、わるい気しないなー

間髪をいれずに 「おいくつですかー」 という質問。ええーっ、男に年聞くぅ? なんて失礼な、と思ったが、これからやさしく診てもらわないといけないしね。だからきっぱりとした口調で、若々しく答えた。

「60になったばっかりです」 ミエを張るわけではないけれど、60と、なったばっかりでは、相当の違いがあるとふんだのだ。だが、電話口からはなんの応答もない。

「もしもし・・・」 と言うと、ククッと笑いをこらえているような声が漏れてきた。そ、し、て、だよ。「お客様、ワンちゃんのお年ですが?」 おっかしいと思ったんだよ。初めからゆっくり考えれば解かることなんだけど。考えなくても解かるか。

最初名前を聞かれたとき、「なかむらリーフ」 と言わなければいけなかったようだ。結局、リーフは骨粗しょう症だって。これってあれでしょ、人間の、それもお年寄りがなるような・・・。参ったなあ。先越されちゃったよー。リーフにオレの面倒診てもらいたかったのになあ。

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2006年11月12日 (日)

本橋さんちの屋上で

 
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昨夜は大の仲良しでもある、写真家の本橋成一さん宅の屋上で、たのしい宴の会があり、参加させていただいた。これまでなかなかゆっくりした時間がとれなかったので、この日は歌をうたったりと、かなりはめをはずして帰ってきました。

右から二人目が本橋さんです。本橋さんは写真家であり映画監督でもあります。東中野駅のすぐちかくにある「ポレポレ座」という映画館のオーナーでもあり、随時、記録映画の秀作を上映していることでも知られており、皆さんの中でも足を運んだ人も、大勢いらっしゃるでしょう。

本橋さんは1998年、チェルノブイリのドキュメンタリー写真作品、「ナージャの村」を評価され、第17回、土門拳賞を受賞しました。この賞は、写真界の直木賞とも言われているほどの、大きな賞です。

そして、2002年には、東京都写真美術館において、チェルノブイリ三部作「無限抱擁」「ナージャの村」「アレクセイの泉」を開催されています。

また11月26日までは、JCIIフォトサロン(半蔵門、電話03-3261-0300)において、モノクロ作品「サーカスの時間」を開催中なので、皆さん是非、ごらんください。

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そしてこの写真は、娘を挟んでの記念写真なんだけど、実はうちの長女の珠央(たまお)です。この前、ミクロネシアのジープ島に一緒にロケに行きました。

いったいどっちの子か解からなくなるほど密着してるけど、かなり本橋さん寄りだなあ。本橋さんのこと大好きなんだよね。面白いことに、珠央も大分前から本橋さんを知ってたようで、世間は本当に狭いもんです。

それにしてもこの屋上・・・趣があるというか、素敵な空間でしたー。ぼくは日本酒を8合ほど飲んだかなあ。本橋さんと奥様の手料理がおいしかったー。

そうそう、今度「ポレポレ座」で、スライドショーとトークショーをやらせていただくことになりました。詳細は近々ブログでも掲載しますから、みなさん、是非きてくださいねー。そのまま二階の居酒屋でみなさんと飲み会だなあ、きっと・・・。

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2006年11月10日 (金)

思い出の写真⑧

いやあ、ハワイから投稿してくれた梨花さん、懐かしい話にグッときました。今はオアフ島ですか? 幸せに暮らしているようですね。

ハワイには何度も行きました。お正月は巨大波を見て、撮影して、そして「今年もやるぞー」と、波にエネルギーを貰って帰国する、そんな旅を数年続けていました。 

あなたのお友達は、今はどうしてますか? もし連絡がとれるようでしたら、「いく坊、元気にやってるらしいよ」 と伝えてください。でも、懐かしいお話、本当にありがとう。また、遊びにきてくださいよ。

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さて、今回はクレナイニセスズメの作品です。この顔の目の回りのふちどりが面白いので、正面を向くのをひたすら待ったわけです。

大阪、丸ビルの「フジフォトサロン」で個展を行なったときのこと、20代の女性がこの作品を見た瞬間、「プッ」 と吹き出し、仲間のもとへと駆け出したのだ。

そして彼女は、3人の女性をこの作品のところへと連れてきた。ぼくはいったい何事なのか皆目解からず、遠くから彼女たちをボーと見ていた。さっきの彼女がこれこれ、と言って写真を指差した途端、なんと、全員が「ワーッ」と声をあげ、肩を叩きあっている。

なにしろバカ受けなのだ。それはそれで悪い気はせんのだが、自分でもかなり気に入っている写真なだけに、やはり気にかかる。この真面目なニセクレナイ、いや違った、クレナイニセスズメだ。この写真のどこがおかしいいんだよー・・・

ぼくは静かに後ろから近づき、「あのー、この写真そんなにおかしいですか?」と、単刀直入に聞いた。すると、彼女たちはいっせいに逃げ出した。「待てー・・・」 と言ったかどうかは忘れたが、彼女たちをどうにか取り押さえた。

「す、すみません」 とみんながぼくに謝る。素直ないい子たちではないか。「この写真ね、ぼくは気に入ってるんだけど、なにがそんなにおかしかったの?」 と、ぼくはやさしく聞いた。

「あんたが言って・・・」と、お互いに譲り合っている。結局、最初の子が白状した。「あのう、この写真の魚の目と、まったく同じ化粧をしてる占い師が、梅田の駅前にいるんです」 ときた。なんだとう、そんなことだったのかー。

その夜、さっそく梅田のクレナイニセおばさんを見にいったのだが、あいにく休業。以来、その占い師にはお会いしてはいない。大阪の皆さん、もしその方をお見かけしましたら、そして、了解を得ることができましたら、お顔を拝見したいものですねー。

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2006年11月 9日 (木)

思い出の写真⑦

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砂にペタリと張り付き、まったく動かない魚はカスザメと言う。体長は1,5メートルほど。本来は砂中にすっぽり潜っているので、全体像は見ることはできない。

「初島ダイビングセンター」の,美しき女性ダイビング・インストラクター、小野寺さんに教えてもらい、カスザメの存在に気がついた。

手前の頭部から少しづつ手で砂を払い、全体像を見えるようにした。でなければ、砂だけしか写らんからなー・・・。

ぼくは仁王立ちになり、カスザメの頭部をまたぐようにしながら、ややしゃがんでシャッターを切った。この位置が、もっともカスザメの形が解ると思ったからだ。海から上がると、小野寺さんの口から、意外な言葉が飛び出した。

「中村さん、よくぞご無事で・・・実はハラハラしながら撮影を見てました。カスザメは結構獰猛なんです。うちのオーナーは、正面から近づきすぎてかみつかれたんです。中村さんのあの格好なら、ま、間違いなく・・・こ、股間が・・・」

「え、えーっ・・・」と、どでんしたー。あそこが無くなったらどうやって・・・ 「おしっこすんの??」。 期待はずれのコメントで申し訳ないが、実際こんなことが起きたら大変なことだ。ぼくなんか、痛さも忘れて大切なものを「返せー」 と、なりふりかまわず取り返しにいくだろうなあ、きっと。

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MIYAMO さんへ

船酔いをするというMIYAMOさん。それって本当にお気の毒な話です。なにを隠そう、ぼくも船は超弱いんだよねー。それなのに今日までなんとか頑張ってきました。

船酔いのうえにひどい耳鳴り・・・もう20年も前からキーン、ザザザッなど、とれたことがありません。ぼくには静寂というものはもうないんです。グスン・・・

サーファーズ・イアーというやつだと思うんだけど、そのせいか、乗り物酔いはさらにひどくなりました。それに泳ぎは我流で、骨太のせいか、よく沈む。リゾートホテルのプールでクロールをやると、足が底に着いててよく笑われます。

そんな程度しかぼくは泳げませんよ。裸ひとつで海に放り投げられたら、まず、間違いなくすぐにおぼれるね。でも、ダイビングを始めて、マスク、スノーケル、フインの3点セットを身につけるうち、ものすごーく自信がついた。

今ではどんな荒波でも、これさえあれば死ぬことはないなと思います。MIYAMOさん、ダイビングは潜水だけではなく、いろんな意味で自信をつけさせてくれます。

揺れる船上でモタモタするから酔ってしまうんですね。ウエットも陸ですばやく着込み、船上では遠くを見るように努めます。すぐに潜れるように身の周りに準備しておきます。あなたは若いと思うから、順応性だってあると思います。

夢や希望は、それに向かっていってはじめて叶うものだから、どんどんチャレンジしてみてください。ジンベイザメといわず、イルカもクジラもラッコもハタタテダイも、それからえーと、ナマコもスベスベマンジュウガニも、みーんなあなたに微笑みかけてくれますよー。

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MIYAMO sann

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2006年11月 8日 (水)

水キチさんへ

昨夜遅く帰ってから、水キチさんの質問へ返事書いてたんだけど、そろそろ終わりというときに、プツンと原稿が消えてしまってね。あせったー・・・。ブログのクリーニングとかで、連絡はあったようなんだけど、うっかりしてたなー。

というわけで、もう一度書いているので遅くなり、すんません。おっしゃる通り、水中ではレンズ交換はできないので、何を撮るのか目的をもって海に出かけますね。だから、レンズもだいたい決まってきます。

とはいっても、海はなにが現れるか解からない世界だから、そこそこ何にでも対処できる態勢だけはとっていたいなと思います。結局、大型生物や、広~い風景用に13ミリや20ミリほどのレンズを装着したボディを1台。

魚やサンゴなどにとことん寄れる、ぼくのお気に入りの28ミリレンズ、または、20~40ミリほどのズームレンズを装着したボディが1台。

そして、小さなものをアップで撮れる、60ミリマクロ、あるいは105ミリマクロレンズを装着したボディが1台。この3機種があれば、たいがいのものはカバーできるので、一人でこの3台を水中に持ち込むこともありますね。

これらのハウジング(水中ケース)に、それぞれ2機のストロボを装備しているから、ご想像ください。それはそれは大変なもの。つくづく楽な商売ではないよ、と悲鳴をあげることもあるわけです。ましてや潮流が早くなったらさあ大変・・・

ときどき勇気を持って、(こんなの勇気といえるかどうかなんだけど)、1台に絞って身軽なスタイルで潜ることもよくあります。なぜなら、絶対にこのほうが撮影に集中できるから。生物を探すのも、撮影中も、ほかのカメラは大丈夫かな? などと、余計な心配はせずにすみますからね。

アマチュアの方には、機材は欲張らず、できればカメラは1台にして、そのレンズで寄る、離れるなどして構図を決める訓練をして欲しいな。それがぼくからのお願いです。

水キチさん、こんな感じでどうですか? 皆さんも何か疑問や不安があったら、どしどしご連絡ください。撮影に関する以外でもいいですよー。ちゃんと答えられればいいけれど・・・。

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2006年11月 5日 (日)

思い出の写真⑥

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この魚、イロイザリウオの赤ちゃんで、大きさは1センチほどだったかな。ガイドの人に指をさされても解からないほど、ちいちゃかった。

前足でしっかりと岩にしがみつき、ピクリとも動かなかった。うっかり動いたり流されたりしたら、いきなりパクリとやられる世界だから、幼魚のうちから真剣に、それも命がけで生きているわけです。

このときもカメラはニコンD200デジタルで、ニッコールの60ミリマクロレンズを使用してるが、何枚か撮っているうちに、とてもきれいな目をしているのに気付いた。

魚の瞳は、ストロボの当てる角度で大きな違いを見せるものだ。カメラ側から、というよりも、レンズ近くからストレートにストロボを当てると、魚の目はほぼ黒く写る。ところが、目というのは魚によって、実に美しい色合いと輝きを見せてくれるものだ。

魚の魚眼に対して、斜めから角度をつけてストロボを照射すると、目にイナズマが走ったり、写真のように、まるで宝石のような瞳を撮ることができる。こうなると、魚も生き生きと見えてくること間違いなしだ。というわけで、今回は魚の目を撮る技を披露しました。

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Marikoさんへ

デジタルカメラへのご質問にお答えしますね。ところで、あなたの持っているカメラは一眼ですか? それともコンパクトのデジカメでしょうか。本格派のデジカメでなくとも、かなり性能はアップしてますから、タイムラグの気にならない製品もあるはずです。

要するに安易に撮らないというのが大事だと思います。ファインダーをのぞき、カメラをしっかり安定させて撮っているとありましたが、それなら手ぶれの心配はないでしょう。

デジタルカメラは、従来のカメラのようなカシャッというシャッター音が低いので、シャッターを切ると同時に、撮れたと思ってカメラを動かしてしまいがちです。それが手ぶれを引き起こす要因となるようです。

次にタイムラグですが、仮にタイムラグがあったとしても、(以前はかなり顕著だった) それに慣れればいいわけです。魚の正面を撮ったつもりが横になってる・・・横のつもりが尻尾だけ、ということがよくありました。

でもプラス指向で考えれば、魚の動きを注意深く観察するようになるのです。そして、こういう動きになるだろう、と予測してシャッターを切るようになります。これって、動物的な感覚に近いものがあります。

要するに、なんでも便利になり、すべて機械のいいなりになっていいのかな? と思うわけ・・・今お持ちのカメラをとことんかわいがり、そのカメラの長所短所をできるだけ知ってあげることが、いい写真を生む最大のポイントです。

Marikoさん、どんな高級機カメラだって、一長一短はあるんですよ。完璧なものなんて、この世にはありません。

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2006年11月 4日 (土)

思い出の写真⑤

近海の海も、ようやく視界良好となり、きれいさを増してくる季節となった。我がスコールのスタッフも、今日は熱海沖の初島へ、たぶんクエの撮影に行ってるはずだ。というわけで、今日から3回連続で、初島で撮った作品をご覧いただきたいと思います。

     Photo_2       
この巨大魚がクエである。それも水深わずか十メートルそこそこ。巨岩が折り重なる傾斜地で、ご対面となった。非常にナーバスな魚なので、何度か見失なったが、ほとんど動かずにいると、どこからともなく現れた。それにしてもこの迫力。でも、やさしそうだったなあ。

カメラはニコンD200デジタルだ。レンズはシグマの24ミリ、ストロボもハウジング(水中ケース)も、SEA&SEA社製を使用。

ぼく自身、慣れてないこともあるが、デジタルカメラを使用する場合、極力手ぶれを起さないように気をつけている。高級一眼レフカメラともなると、タイムラグも気にせずバシバシ撮れそうだが、そこが落とし穴ではないかとぼくは思っている。安易に撮るのは要注意ではないかと。

このときのカメラの設定はマニュアルで、感度ISO100、シャッタースピードは125分の1秒、絞りはF8である。この魚はほとんど動かないから、フイルムなら、15分の1秒でもブレない自信はあるのだが、デジタルにはまだ慣れていないので、低速シャッターは恐い。慣れれば問題ないとは思うのですがね・・・。さてさて、次回は、かっわいい魚の登場です。

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2006年11月 3日 (金)

今日はへとへと・・・

とは言っても、もう午前3時になるから、昨日の話になるねー。我が家の胡蝶蘭の件では、いろいろなご意見ありがとう。それに、誤字のご指摘までいただきかたじけないです。おっぱじかくところでした。もうとっくにかいてるってが・・・。

家族は今日からグアム旅行なので、ぼくは愛犬リーフと数日留守番だ。家族を渋谷のリムジンバスの乗り場まで送り、そのまま新橋の、とある大手企業へと向かった。

実はこの日、ハイビジョンテレビの雑誌広告の撮影が入っていたのだ。新橋の会社内でインタビューを受け、その後、四谷の撮影スタジオへと向かった。そう、何を隠そう、ぼくの役目は撮影じゃなく、モデルだったんだー・・・。

スタジオ撮影では、「潜る格好で」 と言われたんだけど、「それだけはお願い、ゆるして・・・」 と頼み込んで勘弁してもらった。だって、スタジオ内でウエットスーツにボンベを背負い、水中カメラを構えるなんて、ものすごーく恥ずかしい。

でもね、一応ウエットスーツ、マスク、フイン、レギュレーター(呼吸装置)に、2台の水中カメラを持参した。でも、撮影では当日のラフな格好で、水中カメラを持っているスタイルに決まった。

「パッコン、パッコン、パッコン」 と、大型のストロボが光る。「はい、正面を向いてきりっとしたお顔で・・・」 それまで照れくさくてにやけていたのに、いきなり口を閉じてカメラを睨みつける。その瞬間、パコン、パコンと左右のストロボが走る。

「これでいきましょう」 画像を見ていたスタッフからOKサインがでた。「見てみませんか?」 と促されるが、恥ずかしくて見られる訳がない。「やっぱり潜って、撮ってるほうがええわ」 当然ながら、そういう結論に達した。

この広告は、幻冬舎発行の雑誌 「GOETHE](ゲーテ)1月号(11月24日発売)に、掲載されるそうです。みなさん、見るなよ、絶対見るなよ。見ないでくれー・・・頼む。そうそう、この雑誌は、キオスクでも売ってるって。 

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2006年11月 2日 (木)

ら、蘭が・・・

イッコさん、作品が届いたようですね。お買い上げ、本当にありがとうございます。額装はいかがですか? ところで写真だけれど、あれはイッコさんの言う、キンジョハナダイではなくて、惜しいんだけれど、キンギョハナダイと申します。たぶん、打ち間違えたんだと思うけど、みんなにキンジョキンジョと言うと、まずいかな? と思ってね。

_002_14 さて、この胡蝶蘭なんだけど、8月15日のブログに 「ついに咲いたー」 と一人でおおはしゃぎした蘭なんです。いくら手をかけてもどんどん弱っていって、もう駄目だとあきらめて、2年も外に放置していた蘭ちゃんなんですね。

都写美の写真展では、多くの方々から立派な胡蝶蘭をいくつもいただいたんだけど、さすがに花はすべて落ちてしまいました。んだども、ご覧ください。

あの、ほったらかしの蘭だけが、3輪の花をしつこく、じゃない、しぶとく健気に咲かせているじゃないですか。「これって造花だった?」 と本気に触れてみたほどです。いくつかてんてんとシミがあるけど、しゃきっとしてて見事なものです。

いただいた胡蝶蘭と一緒に、リビングにしばらく飾っておいてたんだけど、部屋の中が苦手なのか、少ーし弱りかけていたようだったので、また元の狭い通路に戻したんだけど、時折わずかに陽も当たるし、風通しもいいので、快適なのかもしれないなー。

蘭の花の命ってどれくらいなのか、まるで見当もつかないんだけど、どなたか教えてもらえないかなー?。 だってほら、よく聞くじゃない、「当水族館のジュゴンは満00歳を迎えましたー。これはわが国の新記録ですぅー」 っていう話。

ちなみにうちの胡蝶蘭は、開花して満80日(2006年11月2日現在)です。まだまだ元気です。もう完全に野生児と化して生きているようです。雨、風はもちろんのこと、ヒョウだろうが大雪だろうが、「真っ向から受けて立とうじゃないか」 そう言っている風にも見受けられます。

「マスコミの方々、最近嫌なニュースが多いですよね。こんなとき、人々はホッと心なごむような、身近なニュースを求めているのではないでしょうか。そんなとき、うちの蘭を・・・あー、もう止めにしないと・・・」

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